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東北は山形の見歩き・食べ歩き・風景写真を掲載します。脱線話も!!
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昔ながらの駄菓子屋って見なくなりましたね。
いわゆる10円店ですが、それに似せたコンセプトで新しく出来た店はちらほらありますけど、やはり、何十年も生き残ってきた10円店は気迫が違います。

僕の会社の隣の地区に1軒あった筋金入り10円店も2年ほど前から店を開けていません。4、5年前で店に立ってて大丈夫なの?って感じでしたから今頃は…

さて、子供の頃の話ですが、私の住んでいた東根市神町は、戦後、進駐軍が駐屯し、その後自衛隊の駐屯地となった事で小さい町にしては人口が多く、また子供の数も多い町でした。
全生徒数は1000人を超えていたと思います。

私の学区内には2軒の10円店がありました。

通称「かどみせ」と「さかみせ」です。

かどみせはT字路の角にあったので、角店。

2009年 冬 撮影

さかみせの由来はわかりません。


2009年 冬 撮影

というか、みんなそう呼んでいただけで、この2つの店の正式名称は知りません(爆)

加藤さんと富田さんがやっていたので本当の名前は加藤商店と富田商店かも知れないなあ…と考えていたら、むかしむかし、加藤商店と呼んでいたのを聞いたことがあるような気がしてきました。

この2店は同じ通りにあり、100mほどしか離れていません。それにどちらの店もよく似た商品ラインナップで、今考えると何を基準に店を選んでいたのか不明ですが、僕は
どちらの店にも均等な感じで行っていました。強いて言えば、かどみせの方が新商品が多かったような気がします。

昭和50年代前半、僕のおやつは親が用意していたものが大半でしたが、それは本当に味気ない茶色系なものばかりで、例えばせんべいとかプレーンなクッキーとかばかり。
たまに100円を貰って自分が自由に買い物ができるのが本当に楽しみでした。

その100円を握りしめつつ、工藤プラモ屋(正式名称は工藤商店)でゼロ戦1/72スケールのプラモにするか、10円店で買食いするか非常に悩んだものです。
(この工藤プラモ屋は10年以上前に廃業し、今は居酒屋になっています)

さかみせは勉強机程の台上に今週の目玉的10円くじ引きと、その奥に定番商品的な物が並べてあり、冷蔵ショーケース、軽くプラモやおもちゃも販売していました。
かどみせはジュース、変なカップ麺(ぶためん?)類が充実していて、得体の知れない30円ぐらいの瓶入りジュースをよく飲んだものでした。
なにせコカ・コーラなどの正規なジュースは100円近くしたのでめったに飲めずにいたのを覚えています。まあ、正規とか言うのも変な話ですが。
こんな状態でしたから、10円のくじ引きで当たりが出るかハズレを引くか、瓶の王冠裏の現金が当たるクジなどには本気で一喜一憂していました。

ただし、少し育ちがいい男子やALL女子は10円店に来ませんでした。ややギャンブルチックで不健康なイメージがあったからでしょう。
あんな店行くな。と同級生が親から注意されていたのを見たことがあります。
確かに小学生の時代10円店に毎日のように来ていた友人が30年後どうなったか? といいますと、暇があればパチンコ・パチスロ、麻雀に明け暮れています(笑)

そんなやや暗いイメージの10円店でしたが、遠足の前の日は様子が違いました。普段来ない女子などが300円の枠内で出来るだけ多くのお菓子を買おうと10円店に群がったのです。
普段はヤマザワ(ヤマザワの創業の地は東根市神町なんですよ、皆さん知ってましたか? ほっともっと神町店の場所です。)で一袋100円オーバーなおやつを買い与えられている奴らが、10円で一喜一憂している俺たちのショバを荒らすのです。
少しイラッとしたのを覚えています。若いですね。

そんなこともあり、あの時代のあの地域の子供なら多かれ少れみんな行ったことのあった10円店「さかみせ」と「かどみせ」。

残念ながら時代の流れには逆らえず、どちらも閉店しました。

かどみせは20年ぐらいまえから10円売り場を縮小しクリーニング店を始め、クリーニング店兼10円店のような感じでしたが、100%クリーニング店となり、後に閉店。

2013年 春 撮影

さかみせは本当に細々と店を開けている様子でしたが2年ほど前に閉店。さらに先日、さかみせの前を通りすがった際、人の気配もしなくなっているのに気が付きました。

裏に回ってみると玄関は板で打ち付けられていおり、完全に無人になっている様子です。

繁盛していた時代の店内を思い出しながら、やはり変わり果てた町内を散歩し帰宅しました。30年で町はこうも変わるものなのですね。
昔同じ町内に住んでいた同世代の皆さんが写真を見て懐かしく思っていただけたら大変嬉しいです。

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100円ショップセリアに出かけたところ、ルービックキューブを発見いたしました。

ルービックキューブとは? って皆さん知ってますよね? でも、平成生まれの人とかは知らない人もいるかも知れませんね。

ルービックキューブは日本発売が1980年7月。考案されたのが1978年で、考案者はハンガリーの建築家だそうです。詳しく知りたい人はWikipediaにてどーか。
奥が深そうな匂いがプンプンのルービックキューブ。Wikipediaで見ると案の定、まあ、良くもここまで暇人が・・・あ、いや、もとい。こだわりを持った特殊な人が世界には沢山居るということで感動します。

日本でその当時大ブームだったのは記憶に古いところですが、例に漏れず僕もやりました。小学校の高学年時代です。確か1個1980円ぐらいだったんじゃないかな~。今思うと高いですね。
のちのち仙台高専に進学するバリバリの工学部脳な友達と、毎日ストップウォッチ片手に1面を何秒でそろえられるかを競っていました。その工学脳の友達でさえ2面がヤットコサットコで、それも完成まで2時間とか。文学部脳な僕は1面揃えるのが限界・・・ 
今でもそのやるせなさを憶えていますが、かといって6面を揃える為に夢中になる。と言う事も特にありませんでした。
あ、6面揃えること自体はいつでも可能でしたよ。分解して綺麗に組み立てれば良いんです(^^;) 
で、いつの間にやらどうでイイ物になっていました。

セリアで100円で売っているルービックキューブ。つい、手に取ってしまいました。
久しぶりに挑戦しようという魂胆です。僕も成長しすぎて、今や中年バリバリですが、もしかして今なら案外簡単に6面いけるかも知れません。


バラバラにして・・・・
軽いけどクオリティー高し

ちなみにヒント無しで6面完成させることができればIQ130なんですって。




はい、出来ました!! 6面完成です!! 
イヤッホー

「バラす前に写真を撮ったんだろ!」 って声が聞こえそうですが・・・

ま、その通りです!  

最近、ルービックキューブやった事ありますか? 特に30過ぎの方。 
僕、少しやってみたんですが、凄い脳を使うんですよ。メーター振り切っちゃうぐらい。 大体、2面目からが問題で、揃えた1面目を崩さないで2面目を揃えていくという理屈が理解出来ませんし、実際ムリ! ウッキー! 

脳トレには最適な、超アナログ・ルービックキューブ。
皆さんもルービックキューブで脳を活性化させてみましょう!
ここ数日、僕のブログに検索フレーズ「藪松 ラーメン」でお越しになる方が数人いらっしゃいました。

僕は何げにちらりと書いたつもりだったのですが、検索に引っかかったようです。そんな事があり、本格的に出来る範囲で探求してみようと思い出してみました。

「藪松」とは?   
秋田市にあったラーメン屋さんです。 メニューはラーメン100円のみ。

トッピングのチャーシューが100円って訳じゃなく、トッピングのメンマが100円って訳じゃなく、まるまる一杯が100円。   残念ながら2005年頃閉店したそうです・・・


・・・僕は昔、秋田市に住んでいました。今から20年ほど前の事です。

毎月出版される情報誌(2冊しかなかったが。)は欠かさず読んでいました。インターネットが全然無かった時代ですから、タウン誌は地元の情報を手に入れる貴重な存在だったわけです。今や山形では、zero23系ヤマガタウェイがあり、口コミブログも沢山あって情報は湯水のようですが、昔の人は美味いモノにありつくのが大変だったのです。その情報マップに「100円ラーメン 藪松」が掲載されていました。 
秋田市の繁華街と言えば「川反 kawa-bata」ですが、そこからやや外れた大町5丁目に「藪松」はありました。竿灯が踊りまくる通りの近くです。 

・・・二日酔いの僕が藪松に行こうと思い立ったのは、雪が深い日曜日の昼さがりだったような記憶があります。日曜日もバイトをしていたので、バイト前の腹ごしらえだったかもしれません。ハートブレイク中で暗い冬だったのも記憶しています。肝心の店内の記憶は・・・。味は・・・。普通のラーメンだったのでしょう。ほぼおぼえてません。これで100円って安いな、くらいな気持ちしかなかったと言えばそれまでなのです。逆にまずかったら鮮明に記憶に残っているのでしょう。

こうやって記憶をたぐっていくと・・・その当時、藪松は平常運転中で(たまに休んでいるという話も聞こえたが。)100円ラーメンは普通に食べる事が出来たのだ! 今思うと貴重な存在だったのだ!! と思えてくるから不思議です。
しかし当時、800円の天山ランチ(よく行っていた中華料理ランチ)等を食べられる身なのに(学生でバイト三昧。小銭は持っていた。)、わざわざ100円の店には行かないもの。その後、一度も行くことなく秋田市を離れました。しかし、ある意味バブルが全盛期のあの頃、100円ラーメンに価値を見いだしていた人間は残念ながら、すでに秋田市には存在していなかったのではないだろうか? 
・・・店が無くなってからありがたがってしまう。これが世の常なのだろう。
藪松 店内
                                            情報マップより転載

当時の記憶や文献・インターネット、知り合いに聞いた事をまとめてみると、藪松は、

◎かなりの昔から営業していた。(昭和32年開業)  二〇世紀ひみつ基地参照。

◎看板が無い。
と、いうが昔はあった。 竿灯の山車に壊されそのまんまになった。

◎100円に何故こだわったか? という説が数説ある。 
昔の償いをしているという説もあるし、一杯のラーメンを分けながら食べていた3人親子が忘れられず、何とか安いままの価格にしたいという説もある。僕が憶えている説は、「50円、80円、100円と値段が上がってきた。もう、上げられない!」と決心してから上げるのを止めた。という説。よくわからない。

◎メニューが「ラーメン」しかないので、店に入れば自動的にラーメンが出てくる。「ラーメンね!!」と注文する必要がない。

◎「ラーメン大盛りね」 と注文したお客に店主がマジギレする。(タダでさえ赤字なのに、大盛り料金の設定がない100円ラーメンはさらに赤字がかさむ為。)

◎100円ラーメンのくせに、出前もしていた。
店に入って店主がいなければ「出前中」。 チャリンコで出前の為、時間が掛かり「店が閉まっていた。」とか、「ついに閉店した。」という噂が立つ原因となった。

◎具はチャーシュー、メンマ、海苔が乗っかっていたが、海苔が異様に小さかった。

秋田市には現在180円ラーメン「びっくりラーメン」がありますが、それとは比べものにならない旨さが「藪松」にはあったそうです。(某、現役中華料理店主談・約30年前に行っていたという話より)

ガス代、電気代が払えず新聞配達をしていたという店主。
ラーメン作りに何を求めていたのでしょうか? 

藪松の探求を読んで頂きまして、タンキュウー (ありがとう)

(上記以外にも情報ありましたら、是非コメント欄からお願いいたしますm(_ _)m)
4月になると思い出す。

April Come She Will  4月になると彼女は。

サイモン&ガーファンクルの曲です。

paul simonの小学生向け数え歌と言われている曲です。
が、僕は勝手に奥深く考えてしまいます。
アート・ガーファンクルのどこか切ない歌声がそうさせるのだと思います。

昔つきあった彼女。
4月に付き合い始め、
5月、二人は情熱的に愛し合う
6月、彼女の愛は冷めはじめ
7月に別離。
8月。彼女は遠くへ去っていく
9月。彼女への追憶。

桜の季節は、菜の花の季節でもあるのですな。ちなみに写真の男性は僕ではありません。

でも、毎年4月になると僕は思い出す。 あの頃の事を。

ずっと、僕の命が続く限り・・・
秋田県内に数店舗あるお菓子の専門店「この店かしや」
山形県にはありません。圧倒的な品揃えは、お菓子好きな人の天国とも言えます。

平成に入って間もなくのことです。当時秋田市内に住んでいた僕は、今よりもちょっとお菓子を食べる青年でした。
お菓子を買う時は決まって「この店かしや」です。何故ならだいたい2割引。そして品数が豊富。見た事もない駄菓子やせんべい等が所狭しと並んでいたのです。イエイエそれどころか、お菓子を買いに行くだけではなく、金欠の時のお昼ご飯に68円のカニパンを買ったり、金欠の時に酒の肴によっちゃんいかを買ったりしてました。

そんな「この店かしや」を今年行った時に写真に納めていましたのでご覧ください。
この店かしや①

ジュースや粉ジュース、ポテトチップも何十種類もおいてあった。
この店かしや②

遠足の季節になると小学生から中学生まで大勢の子供達が、カゴの中のお菓子の合計金額を勘定しながらウロウロする姿が見受けられた。
この店かしや③


この店の経営はお菓子の卸問屋さんだったので、多種多様のお菓子がそろっていた。
この店かしや④

へー、こんなお菓子もあるんだ。世の中広いなぁってよく思っていた。
じいさん、ばあさんもちらほら見受けられた。
この店かしや⑤


これが本当のどんどん焼き?20円ではなく18円だった。この2円が大きかったか?
いろんな意味で・・・
この店かしや⑥


麩菓子。安いのに大きいのが身上。
この店かしや⑦

酒飲みになってしまった僕は、自分から進んで飴を舐めようとは思わなくなった。
そんな事でこの店かしやに行っても数百円分の昔の駄菓子を買うぐらいがせいぜい。

さて、写真のコメントが過去形なのにお気づきでしょうか。
そうです。そうなのです。
「この店かしや」さんは12月に倒産しました。
もう二度とあのお菓子ワールドには行けないのです。
好んでお菓子を食べずとも、友達を誘っていけば必ず喜ばれた「この店かしや」。
カステラ・ドーナツを大人買いした「この店かしや」。
テーマソングが洗脳ソングといわれていた「この店かしや」。

僕の青春の一コマが又無くなってしまったけど・・・
お世話になりました、「この店かしや」。 ありがとう。

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